「科学革命の構造」から学ぶ科学革命の起こし方

科学

「科学革命の構造」という科学哲学の古典があります。

本の著者は、量子物理学者のトーマス・クーン氏です。

彼は「科学はどのように発展するか」を探求しました。

通常科学、パラダイム、科学革命

科学と聞くと、正しいことの積み重ねがあって「累積的に研究成果が積み上げられていくイメージ」を持たれる方が多いと思います。

しかし、T・クーン氏によると、そのような累積的に発展する科学を「通常科学(normal science)」と呼びます。T・クーン氏は、「本書で「通常科学」という場合は、特定の科学者集団が一定期間、一定の過去の科学的業績を受け入れ、それを基礎として進行させる研究を意味している。(同書、p.12)」と定義しています。

それらは、「パラダイム(paradigm)」と呼ばれるモデルを形成していきます。T・クーン氏は、「この「パラダイムとは、一般的に認められた科学的業績で、一時期の間、専門家に対して問い方や答え方のモデルを与えるもの、と私はしている(同書、p.ⅴ)」と定義します。さらに、パラダイムは二つの性格を持つ業績とされています。「一つには、彼らの業績が他の対立する科学研究活動を棄ててそれを支持しようとする特に熱心なグループを集めるほど、前例のないユニークさを持っていたからであり、いま一つにはその業績を中心として再構成された研究グループに解決すべきあらゆる種類の問題を提示してくれているからである。(同書、pp.12-13)」であり、ニュートンのプリンキピア(古典力学)などが挙げられています。

ほとんどの場合は、科学研究は既存のパラダイムの枠組みで新しい発見を解釈し、それまでに知られている事実と矛盾がないかどうか確認して、理論と合致するように体系化します。それはジグゾーパズルのピースを組み合わせて一枚の絵を完成するような営みです。T・クーン氏によると、「パズルとは、全く普通にここで使われているような意味で、それを解くのに才能・手腕がためされる特定のカテゴリーの問題のことを指す。(同書、p.41)」と定義しています。また、「「ルール」という言葉をかなり広い意味にとればーーつまり「既成の立場」とか「既成概念」のようなものとしてーーある特定の研究の伝統の中に入る問題は、この一連のパズルの性格のようなものを示している。(同書、p.43)」としています。基本的には、ルールの下でパズルを解けば研究していることになります。

しかし、時に既存の理論と合致しない現象が発見されることがあります。その時、既存の理論では説明できず、新しい物事の捉え方が必要となる場合があります。この根本的な枠組みを変更せざるを得ないとき、科学革命が起きたと考えます。T・クーン氏によると、「専門家たちに共通した前提をひっくり返してしまうような異常な出来事を、この本では科学革命と呼んでいる。科学革命とは、通常科学の伝統に縛られた活動と相補う役割をし、伝統を断絶させるものである。(同書、p.7)」と述べています。科学革命の具体例に「相対性理論」や「量子力学」などが挙げられています。科学革命は、一部の専門家には革命的ですが、他の分野の専門家には革命的ではありません。T・クーン氏は量子物理学者ですが「量子力学のパラダイム適用に現われる変化は、ごく特殊な小グループにとってのみ革命的となる。その専門内の他の人たちにとって、また、他の種類の物理学者にとっても、その変化は革命的ではない。(同書、p.56)」と断言しています。いわゆる「専門化」と呼ばれる現象で、専門が異なる人間のコミュニケーションの難しいケースとして、ヘリウム原子は分子かどうかを物理学者と化学者に質問したとき、「化学者にとっては、ヘリウム原子は気体分子運動論に関して分子のような性状を呈するから分子であった。一方、物理学者にとっては、ヘリウムは分子スペクトルを示さないから分子ではなかった。おそらく二人共同じ粒子について語っていたのだが、彼らは自分たちの慣行を通してそれを見ていたのだ。自分たちの研究の経験からして、分子とは何でなければならぬか、を知ったのである。たしかに彼らの経験には共通する点が多かったであろうが、この場合は、二人の専門家にとって経験は同じものを意味しなかった。これから先も、この種のパラダイムの違いがいかにして現れるか論じるであろう。(同書、p.57、太字部分は引用時の強調)」専門分野が違うと、意思疎通が難しく、科学革命の意義が異なることも頷けます。

科学革命の起こし方ー「意志」「不満」「哲学」ー

科学は通常科学の累積と科学革命の繰り返しで発展してきましたが、通常科学の進め方は標準的な研究活動に関する書籍などに詳しく書いてあります。一方、科学革命を起こす方法はなかなかお目にかかることはありません。「科学革命の構造」ではいくつかの事例が書かれていますが、その中でも重要と思われるのが、「意志」と「不満」と「哲学」を科学研究に活用し、基礎を考察することです。

「相競う方向の乱立、何かをやってみようとする意志、はっきりとした不満の表現、哲学に訴えること、基礎についての議論、すべてこれらは、通常研究から異常研究への移り行きの前兆である。通常科学は、これらの前兆に対置して言える概念であり、きたるべき革命の実現を必ずしも前提としない。(同書、p.103)」とT・クーン氏は端的にまとめています。また「むしろ、新しいパラダイム、あるいは後に整備される考えのヒントは突然、時には真夜中に、その危機に没入している人間の心に現れることがある。その最後の段階の本質は何かーーつまり、ある個人が、いかにして集積されたすべてのデータに秩序を与える新しい方法を発明するかーーは、ここでは測り知れないものであり、永遠の不可知に止まるであろう。ここではただ、それについて一つのことに注目してみよう。このような新しいパラダイムの基本的発明を遂げた人は、ほとんど、非常に若いか、パラダイムの変更を促す分野に新しく入ってきた新人かのどちらかである。おそらくこの点は特にはっきりさせる必要もなかったことであろうが、明らかに彼らは、通常科学の伝統的ルールに縛られることがなく、これらのルールはもはや役に立たないから外のものを考えよう、ということになり易い。(同書、p.102、太字部分は引用時の強調)」とも述べています。また、科学を学んでいる人の中には「何の役に立つんだ?」と思われがちな哲学ですが、「十七世紀におけるニュートン物理学や二十世紀における相対論や量子力学の出現の際に、当時の研究伝統に対する根本的、哲学的分析が先行し、随伴したのは、偶然ではない。また、どちらの場合にも、いわゆる思考実験が、研究の進歩に不可欠の役割を演じたことも偶然ではない。すでに述べたごとく、ガリレオ、アインシュタイン、ボーアなどの著作にふんだんに現れる分析的思考実験は、既存の知識の古いパラダイムを白日の下にさらし、実験室ではっきり捉えられない種類の危機の根源を掴み出すように、完全に計算されたものである。」とも指摘しており、既存の枠組みを根底から揺るがすためには、自明と考えられているルールへの懐疑や批判的思考が重要となり、1から考えることを旨とする哲学的思考が要求されるのは自然なことです。

通常科学を発展することも重要ですが、時に革命的な仕事をしなければならない場面もあり得ます。そのような突破口を開くときは、真夜中にも問題に没頭する意志、現状の枠組みに対する不満、根本的な部分を考察する哲学を大事にし、新しい領域に挑戦し、未知の分野を学ぶこと、常に初心者であるという自覚を持つことが、独創的な仕事をする上で重要だと科学革命の構造を読んで学びました。

タイトルとURLをコピーしました