Web 3.0社会におけるアーキテクチャの生態系

インターネット

Web 3.0

近年、「Web3.0」という言葉が一種のバズワードとして注目されています。

この言葉は、Ethereum設立者のGavin Wood氏が「Why We Need Web 3.0」という記事の中で提唱した概念で、従来のWeb 2.0からWeb 3.0へと移行することで、インターネットがGAFAを中心とした中央集権型からブロックチェーンを土台とした分散型に変化し、ボトムアップ型のイノベーションの加速とセキュリティ・個人情報の保護・柔軟な決済システムなどにつながると期待されています。

インターネットが登場して以降、日本からはGAFAに匹敵するような企業はほとんど生まれておらず、ユニコーン企業の時価総額でも日本は米国・中国・欧州と比較して苦戦を強いられている状況にあります。Google日本法人元社長である辻野晃一郎氏は「日本からGAFAは生まれない。国家の長期戦略が必要。そもそも、日本から次のGAFAを生み出すべきという常識に疑問。日本の才能や資質に合う方法で世界に貢献することが重要。」といった趣旨の発言をしています。その点、Web 3.0は日本が0から始めるチャンスです。

成長戦略実行計画(令和3年6月18日)

アーキテクチャの生態系

Web 3.0の将来性と日本の現状を踏まえると、Web 3.0に関連する技術の性質を理解することは重要だと考えられます。ここで技術を「情報環境を構築するアーキテクチャ」とみなす視点がWeb 3.0のような大きな枠組みを理解する上で役立ちます。アーキテクチャは環境管理型権力と呼ばれる概念で、クリエイティブ・コモンズの活動で有名なアメリカの憲法学者であるローレンス・レッシグ氏が、著書「CODE」の中で提唱した規範・法律・市場と並列される人間の行動をコントロールする方法です。情報社会論を専門としている濱野智史氏は、著書「アーキテクチャの生態系ーー情報環境はいかに設計されてきたか」の中で、2ちゃんねるやニコニコ動画などの日本のウェブ環境の性質を米国のサービスなどと比較・考察しています。この書籍では、「アーキテクチャとは、英語で「建築」や「構造」のことですが(その語源はギリシャ語の「始原(アルケー)」の「技術(テクネー)」です)、筆者はこの言葉を、ネット上のサービスやツールをある種の「建築」とみなすということ、あるいはその設計の「構造」に着目する、という意味で用いています。(同書、p.14)」と言葉を定義し、その要点を「①任意の行為の可能性を「物理的」に封じこめてしまうため、ルールや価値観を被規制者の側に内面化するプロセスを必要としない。②その規制(者)の存在を気づかせることなく、被規制者が「無意識」のうちに規制を働きかけることが可能。(同書、p.20)」の二点にまとめた上で、「むしろ筆者は、「アーキテクチャ=環境管理型権力」が持つ「いちいち価値観やルールを内面化する必要がない」「人を無意識のうちに操作できる」といった特徴を、より肯定的に捉えて、むしろ積極的に活用していくこともできるのではないか、と考えています。(同書、p.21)」と批判的に捉えられがちなアーキテクチャの可能性に希望を見出しています。そして、あるソーシャルウェアがネットワーク外部性により利便性がある段階(クリティカルマス)を超えたとき、プラットフォーム(台地)になる過程を、「ソーシャルウェアが「台地」のように成長し、その上にまた別の「島」が生まれ、あるいはまったく別の場所に、「風船」のような閉鎖形が形成される。こうした一連の「進化」の過程を、国際標準化機構(ISO)が策定した「OSI階層モデル」と、「生態系」や「系統樹」の比喩をかけあわせることで表現したのが「アーキテクチャの生態系マップ」になります。(同書、p.25)」と図解化しています。ここからは、Web 2.0で見られた性質のアナロジーからWeb 3.0で起きると考えられることについて予言していきます。

Web 2.0とのアナロジー

①ソーシャルウェアの成長・進化プロセス

第一に、濱野氏はソーシャルウェアの成長と進化について、「新世代=後続世代のソーシャルウェアは、先行世代のアーキテクチャの特性を生かし、それに最適化するような仕組みを採用することで、自らの効用や価値を高めてきた(同書、p.60)」と指摘する一方、「後続世代のソーシャルウェアは、先行世代の効能をさらに高めるのに寄与してきた(同書、p.60)」とも指摘しています。つまり、アーキテクチャ間の階層関係は「共進化」とも言えるような相利共生関係が成り立つとしています。さらに、進化という言葉からは、「私たちがいま目の前に見ているウェブの生態系は、どれだけ目的合理的に進歩しているように見えたとしても、それはあくまで偶然の積み重ねによって生まれたものであり、しかもその方向性は多様なものでありうるはずです。(同書、p.72)」としています。実はソーシャルウェアは目的を持ってデザインされたというより、市場環境によって淘汰された結果、優れたデザインが生き残ったという生態学的・進化論的な考え方が成り立つとしているのです。Web 3.0の土台はブロックチェーン技術になるので、ブロックチェーンの効用や価値を高めるようなサービスが淘汰の中で生存すると予測できます。例えば、ブロックチェーンは改ざんや偽造に強いとされるシステムなので、アート作品やデジタルコンテンツの所有権を裏付ける技術であるNFTが注目されるのは極めて妥当と考えられます。

②ネタ的コミュニケーションと疑似同期

第二に、社会学者の鈴木健介氏が「ネタ的コミュニケーション」と呼んでいる「毛繕い的」コミュニケーションが2ちゃんねるなどで見られたことを濱野氏は指摘し「もはやそこでは一つ一つのコミュニケーションの内容自体は重要ではなく(あるいは盛り上がるための「きっかけ」にすぎず)、コミュニケーションをしているという事実を確認すること自体が自己目的化している、というわけです。(同書、p.96)」また、動画コンテンツを共有するだけのサービスに対し、ニコニコ動画は動画の視聴者側の体験の共有と分析し、コメントの投稿に関しては、「あくまで〈客観的〉に見れば、ニコニコ動画において、人々はばらばらい動画に対してコメントを投げかけている以上、それは「非同期的」なコミュニケーション行為です。これに対し、ニコニコ動画というアーキテクチャは、「非同期的」に投稿されている各ユーザーのコメントを、動画再生のタイムラインと「同期」させることで、各ユーザーの動画視聴体験の「共有=同期」を実現しています。(同書、p.211)」とアーキテクチャの性質と絡めて述べています。「ツイッターもニコニコ動画も、ともに〈客観的〉な時間の流れから見れば利用者間のコミュニケーションは「非同期的」に行われているけれども、各ユーザーの〈主観的〉な時間の流れにおいては、あたかも「同期的」なコミュニケーションがなされている〈かのように〉見えるということ。(同書、p.213)」から、「疑似同期」という概念に触れています。これをベンヤミンの「アウラ」論と絡めて「芸術作品(コンテンツ)が複製可能なのではなく、それを「いま・ここで体験するという〈経験の条件〉が複製可能であるということ。それは情報環境=アーキテクチャの出現による「複製技術」のラジカルな(根源的なレベルでの)進化と捉えることもできるでしょう。(同書、p.226)」とも述べています。こうした傾向は、Web 3.0においても同様のことが起こると考えられます。例えば、NFTアートの面白さについて「そのアート作品をNFTで誰がどこで買ったかというストーリーが価値になる」といった指摘は、アート作品の内容だけでなく、その作品を購入したこと自体が話題になると言う意味でネタ的コミュニケーションであり、デジタルコンテンツの所有権の移動をNFTから確認できることは、一つの作品の所有権が短期間に何度も変わるといったことから流行を可視化できる点で、購買体験の疑似同期とも言えます。また、アート作品の著作権から独立して所有権を発行できる仕組みは、デジタルコンテンツにおける複製不可能な所有権を生み出すと言う意味で、芸術作品のアウラをデジタル空間で復活させた点でメディア論の文脈で画期的な技術であると考えられます。

③n次創作とオープンソース

第三に、n次創作とオープンソースの性質が考えられます。n次創作は濱野氏の造語で、オタク系作品における二次創作の概念をn次に拡張したものです。元ネタから模倣作品を作る一次ホップの派生がありますが「これに対し、初音ミク現象では、「元ネタ→派生作品(元ネタ)→派生作品→……」というように、ある派生作品が、また別の派生作品にとっての元ネタとなっていくという、N字ホップの連鎖を生んでいることに特徴があります。つまり初音ミク現象は、「二次創作」というよりは「N次創作」とでもいうべきものだということです。(同書、p.249)」と提案しています。一方、オープンソースのソフトウェア開発において、「オープンソースというコラボレーション形態が有効に機能するのは、その生産物である「コンピュータ・プログラムが〈客観的〉に評価可能な指標ーー要は「速く正確に動くものほどよい」という明確な評価基準ーーを有しているからだと考えられます。(同書、p.251)」とも言います。一般社団法人オタクコイン協会・BlockBase株式会社が二次創作作品のNFT化に取り組み始めたり、大日本印刷がN次創作物のNFT化に取り組み始めるなど、徐々にn次創作の取り込みが始まっています。またNFTやブロックチェーンは評価の信頼性をシステム全体で検証するため、客観性が高められやすくなる可能性もあります。

海外/日本のWeb 3.0の比較

海外のWeb 3.0の企業をリスト化したページを見ると、instagramやAmazonなどの日常生活でよく見るプラットフォームから、まだ名前をほとんど聞いたことがないようなWeb 3.0企業への対比がかけられています。そして、その分野は「Technical」「Financial」「Organizational」「Personal」「Retail and Entertainment」と多岐にわたります。日本のWeb 3.0の企業をリスト化したページを見ると、コンテンツビジネスやクリエーター支援、Entertainmentの企業が多いです。ブロックチェーンの特性を生かそうとすると、信頼のおける第三者からの認証を得やすいという仕組みをうまく噛ませることができるかがポイントになると考えられます。さらに、米国は個人の信用を重視する「信頼社会」であり、日本は個人が所属する集団の信用を重視する「安心社会」という山岸俊男氏の指摘を踏まえる(同書、p.111)と、日本的な特質を活かした経済成長期の自動車産業の成功を踏襲するならば、いかにして個人の信用を集団の信用さらには信頼のおけるコミュニティの形成へと結びつけられるかが日本におけるWeb 3.0の成否を決めると言えそうです。

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